はじめに
地球温暖化は、私たちの社会や経済に深刻な影響を与える喫緊の課題です。世界各国で脱炭素社会の実現に向けた取り組みが加速しており、日本政府も2050年までにカーボンニュートラルを実現するという目標を掲げています。
この目標達成には、大企業だけでなく、中小企業の積極的な参加が不可欠です。中小企業は、日本経済の屋台骨であり、雇用の多くを担っています。中小企業が脱炭素経営に取り組むことは、経済の活性化、雇用の維持、地域社会への貢献にもつながります。
しかし、中小企業にとって、脱炭素経営への取り組みは容易ではありません。資金、人材、情報などの面で、大企業に比べて制約が多いからです。そのため、政府は、中小企業の脱炭素経営を支援するための様々な施策を展開しています。
本記事では、中小企業が脱炭素経営で勝ち残るために知っておくべき3つのステップを、最新のデータや事例を交えながらわかりやすく解説していきます。これらのステップを踏むことで、中小企業は、脱炭素経営を成功させ、持続可能な社会の実現に貢献することができます。
本記事のサマリー
- 脱炭素経営とは、企業活動における温室効果ガスの排出量を削減し、持続可能な社会の実現に貢献する経営のことです。
- 中小企業にとって脱炭素経営は、コスト削減、競争力強化、企業価値向上など、様々なメリットをもたらします。
- 脱炭素経営を成功させるには、CO2排出量の把握、削減目標の設定、具体的な削減対策の実施という3つのステップが重要です。
- 削減対策には、省エネルギー化、再生可能エネルギーの導入、燃料転換、業務効率化など、様々な方法があります。
- 脱炭素経営を成功させるためには、経営トップのコミットメント、全社員への意識啓蒙と参加、PDCAサイクルによる継続的な改善などが重要です。
脱炭素経営とは、企業活動における温室効果ガスの排出量を削減するための取り組みを経営戦略に組み込み、持続可能な社会の実現に貢献する経営のことです。これは、地球温暖化による気候変動が、私たちの社会や経済に深刻な影響を与えるという認識から、世界的に重要性が高まっています。具体的には、省エネルギー化、再生可能エネルギーの導入、CO2排出量が少ない製品・サービスの開発、サプライチェーン全体での排出量削減など、様々な取り組みが含まれます。
中小企業にとっての重要性 - なぜ取り組むべきなのか?
近年、脱炭素経営は、大企業だけでなく、中小企業にとっても重要な課題となっています。その理由は、以下の3点に集約されます。
- 取引先からの要請
大企業を中心に、サプライチェーン全体でのCO2排出量削減の取り組みが加速しています。そのため、中小企業も取引先からCO2排出量削減の要請を受けるケースが増えています。対応が遅れると、取引機会の喪失や競争力低下のリスクに繋がる可能性があります。 - 企業イメージの向上
消費者や投資家の間でも環境意識が高まっており、脱炭素経営に取り組む企業は、企業イメージの向上、顧客ロイヤリティの向上、優秀な人材の確保など、様々なメリットを享受できます。
政府の支援制度
政府は、中小企業の脱炭素経営を支援するための様々な補助金制度や税制優遇措置を設けています。これらの制度を活用することで、設備投資の負担を軽減しながら脱炭素化を進めることができます。
中小企業が直面する課題と克服への道筋
脱炭素経営に取り組むことは、中小企業にとってメリットが多い一方で、いくつかの課題も存在します。
- 資金不足:設備投資や技術導入には、多額の費用が必要となる場合があり、中小企業にとって大きな負担となる可能性があります。
- 人材不足:脱炭素経営に関する専門知識やノウハウを持つ人材が不足している中小企業が多く、取り組みを進める上で支障となる可能性があります。
- 情報不足:最新技術や支援制度に関する情報収集が不足しており、効率的な脱炭素化が進められない可能性があります。
しかし、これらの課題を克服するための道筋も存在します。
- 補助金・助成金制度の活用:政府や地方自治体が提供する補助金・助成金制度を活用することで、資金不足を解消することができます。
- 外部専門家との連携:専門的な知識やノウハウを持つコンサルタントや支援機関と連携することで、人材不足を補うことができます。
- 情報収集:業界団体や政府機関などが提供するセミナーや情報サイトなどを活用することで、最新の情報を入手することができます。
これらの課題克服への道筋を理解し、積極的に活用することで、中小企業は脱炭素経営を成功させることができます。
ステップ1:CO2排出量の把握 - 現状を正しく理解する
脱炭素経営の第一歩は、自社のCO2排出量を把握することです。CO2排出量は、電気やガスの使用量、燃料の使用量、輸送量、廃棄物量などから算定することができます。正確なCO2排出量を把握することで、自社の課題や改善点が見えてきます。また、今後の削減目標設定や削減対策の実施にも役立ちます。
CO2排出量の算定方法 - 基礎知識と具体的な手順
CO2排出量の算定方法は、以下のとおりです。
- 活動量の把握: 電力、ガス、燃料などの使用量を、請求書やメーター readings などの記録から把握します。
- 排出係数の適用: 各エネルギー源に対応するCO2排出係数を、環境省などが公表しているデータから参照します。
- CO2排出量の算出: 活動量に排出係数を乗じることで、CO2排出量を算出します。
CO2排出量は、「Scope 1」、「Scope 2」、「Scope 3」の3つに分類されます。
- Scope 1: 事業活動に伴い、自社から直接排出されるCO2排出量 (燃料の燃焼、工業プロセスなど)
- Scope 2: 電力、熱などの使用に伴い、間接的に排出されるCO2排出量
- Scope 3: サプライチェーンにおける、原材料調達、製品輸送、廃棄など、間接的に排出されるCO2排出量
まずは、Scope 1 と Scope 2 を中心に算定し、可能な範囲で Scope 3 の算定にも取り組むことが推奨されます。
CO2排出量算定のツールと活用方法
CO2排出量を算定するためのツールとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 環境省「省エネ法・温対法・フロン法電子報告システム(EEGS)」: 電力会社やガス会社から提供されるデータをもとに、CO2排出量を自動的に算定することができます。
- 日本商工会議所「CO2チェックシート」: Excel形式のシートに必要事項を入力することで、CO2排出量を簡単に算定することができます。
- 民間企業が提供するツール:より詳細な分析やシミュレーションが可能なツールもあります。
これらのツールを活用することで、CO2排出量を効率的に算定することができます。
排出量の可視化と分析 - 問題点の発見と改善
CO2排出量を算定したら、グラフや表などを用いて可視化し、分析することが重要です。可視化と分析により、以下のことが明らかになります。
- CO2排出量の多い工程や設備
- 時間帯や季節によるCO2排出量の変化
- 過去のCO2排出量の推移
これらの分析結果を基に、CO2排出量削減のターゲットを設定することができます。
ステップ2:削減目標の設定 - 目指すべき未来を描く
CO2排出量を把握したら、次に削減目標を設定します。削減目標は、自社の事業規模や経営状況、業界の動向などを考慮して、現実的で達成可能な目標を設定することが重要です。
目標設定の際には、以下の指標を参考にすることができます。
- 政府の目標:2030年度に2013年度比で46%削減、2050年までにカーボンニュートラル
- 中小企業向けSBT:基準年に対して4.2%/年の削減
- 業界団体が設定する目標:各業界団体が設定している自主的な削減目標
これらの指標を参考にしながら、自社の現状を踏まえた上で、野心的な目標を設定することが重要です。
SBT(Science Based Targets)とは?
SBTとは、Science Based Targetsの略で、科学的根拠に基づいた温室効果ガス排出削減目標のことです。パリ協定で合意された「世界の平均気温上昇を産業革命前比で2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という目標を達成するために、企業が設定する排出削減目標を指します。Science Based Targets initiative(SBTi)が認定する、科学的根拠に基づいた温室効果ガス排出削減目標のことです。SBTiは、CDP、国連グローバル・コンパクト、世界資源研究所(WRI)、世界自然保護基金(WWF)の4団体によって設立された国際的なイニシアチブです。
SBTが重要視されている理由は、企業の脱炭素化への取り組みを客観的に評価できる指標となるからです。SBTを取得することで、企業は以下のようなメリットを得られます。
- ブランドイメージの向上
環境意識の高まりとともに、消費者は企業の環境への取り組みを重視するようになっています。SBT導入は、企業の持続可能性に対するコミットメントを示すことで、消費者の共感を呼び、ブランドイメージ向上に繋がります。 - 投資家からの評価向上
ESG投資が主流となる中、SBTは企業の長期的な成長性を評価する上で重要な指標となっています。SBT導入は、投資家からの信頼獲得、資金調達、企業価値向上に貢献します。 - 競争力強化
SBT達成に向けた取り組みは、省エネルギー化、資源効率の向上、イノベーション促進など、企業の競争力強化に繋がる効果も期待できます。 - リスク管理
気候変動による事業リスクは、今後ますます高まることが予想されます。SBT導入は、気候変動リスクを早期に特定し、対策を講じることで、事業の安定化に貢献します。 - 従業員のエンゲージメント向上
環境問題への意識が高い従業員にとって、SBT導入は企業への愛着や誇りを高め、モチベーション向上に繋がります。
SBTは、企業規模や業種を問わず、あらゆる企業にとって有益な取り組みです。
効果的な目標設定のためのポイント - 達成可能な目標を設定する
削減目標を設定する際には、以下のポイントに注意することが重要です。
- 現状のCO2排出量を把握:正確なCO2排出量を把握した上で、目標を設定する必要があります。
- 達成可能な目標を設定:無理のない目標を設定することで、従業員のモチベーションを維持することができます。
- 定期的な見直し:事業環境の変化に合わせて、目標を定期的に見直す必要があります。
これらのポイントを踏まえることで、効果的な目標設定を行い、脱炭素経営を成功に導くことができます。
ステップ3:具体的な削減対策の実施 - 行動に移して成果を上げる
削減目標を達成するためには、具体的な削減対策を実施する必要があります。削減対策には、以下のようなものがあります。
こちらの記事も参考にしてみてください(→脱炭素へ直結!企業向け省エネ100選 – コスト削減と環境貢献を両立)
- 省エネルギー化:照明のLED化、空調設備の効率化、電力会社の見直し、OA機器の省エネ化、生産設備の効率化など
- 再生可能エネルギーの導入:太陽光発電設備の導入、風力発電設備の導入、地熱発電設備の導入、バイオマス発電設備の導入、グリーン電力証書の購入など
- 燃料転換:ガソリン車から電気自動車や燃料電池車への転換、バイオ燃料の利用など
- 業務効率化:テレワークの導入、ペーパーレス化、Web会議の活用など
- 従業員への意識啓蒙:省エネ活動の推進、環境教育の実施など
これらの削減対策の中から、自社の事業特性やCO2排出量の実態に合わせて、効果的な対策を組み合わせることが重要です。
効果的な削減対策の選択 - コストと効果のバランスを考える
削減対策を選択する際には、以下のポイントを考慮する必要があります。
- 費用対効果:投資額とCO2削減効果のバランスを考慮する。
- 導入の容易さ:設備の導入や運用が容易であるかを確認する。
- 従業員の負担:従業員の負担が大きすぎない対策を選ぶ。
- 安全性:安全性が確保されている対策を選ぶ。
これらのポイントを総合的に判断し、自社にとって最適な削減対策を選択することが重要です。
最新技術の導入 - イノベーションで脱炭素化を加速
CO2排出量を削減するためには、最新技術の導入も有効です。例えば、AIやIoTを活用した省エネルギーシステム、高効率な再生可能エネルギー発電設備など、様々な技術が開発されています。最新技術を導入することで、CO2排出量を大幅に削減できるだけでなく、業務効率化や生産性向上にも繋がる可能性があります。
政府の支援制度を活用 - 補助金で導入コストを軽減
政府は、中小企業の脱炭素経営を支援するために、様々な補助金制度を設けています。これらの制度を活用することで、設備投資の負担を軽減しながら脱炭素化を進めることができます。主な補助金制度としては、以下のようなものがあります。
- 中小企業等事業者向け省エネルギー投資促進補助金:省エネルギー設備の導入や省エネルギー診断などの費用を補助する制度
- 再生可能エネルギー導入補助金:再生可能エネルギー発電設備の導入費用を補助する制度
これらの補助金制度の要件や申請方法などを事前に確認し、積極的に活用することが重要です。
脱炭素経営を成功させるためのポイント - 持続的な取り組みを実現する
脱炭素経営を成功させるためには、単にCO2排出量を削減するだけでなく、以下のポイントを押さえることが重要です。
- 経営トップのコミットメント
経営トップが率先して脱炭素経営に取り組む姿勢を示すことで、全社員の意識改革を促進することができます。 - 全社員への意識啓蒙
脱炭素経営の重要性を全社員に理解させ、積極的に参加を促すことが重要です。 - PDCAサイクルによる継続的な改善
CO2排出量削減の状況を定期的に確認し、改善を繰り返すことで、より効果的な脱炭素化を進めることができます。 - 外部機関との連携
専門的な知識やノウハウを持つコンサルタントや支援機関と連携することで、効率的な脱炭素化を進めることができます。 - 情報発信
自社の脱炭素経営の取り組みを積極的に情報発信することで、企業価値向上に繋げることができます。
社内体制の構築 - 責任体制を明確化し、推進力を高める
脱炭素経営を推進するためには、社内体制を整備することが重要です。具体的には、責任者や担当者を決め、権限と責任を明確にする必要があります。また、脱炭素経営に関する委員会やワーキンググループなどを設置し、全社的な取り組みを推進する体制を構築することも有効です。
従業員の意識改革 - 教育と啓蒙で主体的な行動を促す
脱炭素経営を成功させるためには、従業員一人ひとりの意識改革が不可欠です。そのためには、環境問題に関する教育や啓蒙活動を行い、脱炭素経営の重要性を理解させる必要があります。また、従業員が積極的にCO2排出量削減活動に参加できるような制度や仕組みを導入することも重要です。
積極的な情報発信 - 企業価値向上と社会への貢献
自社の脱炭素経営の取り組みを、ホームページやCSR報告書などで積極的に情報発信することで、企業価値向上に繋げることができます。また、地域社会に対して積極的に情報公開することで、地域貢献にもつながります。
まとめ:中小企業の未来を切り拓くための挑戦
脱炭素経営は、中小企業にとって地球温暖化防止に貢献するだけでなく、コスト削減、競争力強化、企業価値向上など、多くのメリットをもたらします。しかし、その道のりは決して平坦ではありません。資金、人材、情報など、様々な制約が存在する中で、これらの課題を克服し、具体的な行動に移していくことが求められます。
本記事で紹介した3つのステップは、そのための重要な指針となります。自社のCO2排出量を正確に把握し、現実的で達成可能な削減目標を設定し、そして具体的な削減対策を実行していく。このプロセスを通じて、中小企業は脱炭素経営を成功させ、持続可能な社会の実現に貢献することができるのです。
地球温暖化対策は、私たち人類にとって失敗の許されないチャレンジです。その喫緊の課題を前に、私たちもより危機感を高め、積極的に脱炭素経営に取り組んでいかなければなりません。中小企業の力は、この地球規模の課題を解決するための重要な鍵となるでしょう。私たち一人ひとりが、そして企業として、未来に向けて責任ある行動を選択していくことが、今、求められています。
参考文献
- 環境省「中小規模事業者向けの脱炭素経営導入ハンドブック」
- 経済産業省「中小企業のカーボンニュートラル支援策」
- 日本商工会議所「CO2チェックシート」
参考ウェブサイト
- 環境省「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」
- 経済産業省「カーボンニュートラル」ポータルサイト
- 全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)ウェブサイト