
はじめに
企業の温室効果ガス(GHG)排出量インベントリは、気候変動対策における企業の取り組みを評価し、進捗を管理する上で非常に重要な役割を果たします。しかし、その記載内容に関する規制は多岐にわたり、法的義務から国際的な基準、さらには特定のイニシアチブにおける要件まで、複雑に絡み合っています。本記事では、企業がGHG排出量インベントリを作成し、報告する際に考慮すべき主要な規制について解説します。
サマリー
- 日本の温対法に基づく排出量報告義務: 一定規模以上の事業者は、国の定めに従い温室効果ガス排出量を報告する義務があります。
- 国際基準GHGプロトコル: 企業の排出量算定・報告に関する国際基準であり、スコープ1,2,3の排出量区分や算定原則を定めています。
- SBTiの排出量インベントリ要件: SBTiの目標設定には、スコープ1とロケーション基準のスコープ2の排出量を含むインベントリ提出が必須で、除外範囲やデータに関する詳細な要件があります。
温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度(日本における法的義務)
日本では、「地球温暖化対策の推進に関する法律(温対法)」に基づき、一定規模以上の温室効果ガスを排出する事業者は、その排出量を国に報告する義務があります。これは、国内の排出量を把握し、対策を推進するための重要な枠組みです。
報告対象となる事業者: 年間で二酸化炭素換算で3,000トン以上の温室効果ガスを排出する事業者が主な対象です。

報告すべき内容:
- 事業者の概要(名称、所在地など)
- 温室効果ガスの種類ごとの排出量(CO2、CH4、N2O、HFCs、PFCs、SF6、NF3)
- 排出源ごとの排出量
- エネルギー消費量
- その他、算定方法や活動量に関する情報
この制度は、日本国内におけるGHG排出量の透明性を高め、事業者の排出削減努力を促すことを目的としています。
GHGプロトコルの原則(国際的な算定・報告基準)
GHGプロトコルは、企業の温室効果ガス排出量を算定・報告するための国際的な基準であり、多くの企業が自主的に、あるいはサプライチェーン全体での排出量把握のためにこの基準に準拠しています。信頼性の高い排出量インベントリを作成するための基礎となる原則は以下の通りです。

- 妥当性(Relevance): 企業の事業活動や目的に適した境界を設定し、関連する排出量を網羅すること。
- 完全性(Completeness): 設定された境界内のすべての排出源からの排出量を報告すること。除外がある場合は、その理由を明確にすること。
- 一貫性(Consistency): 経年比較ができるよう、算定方法や境界を維持すること。変更があった場合は、その影響を透明にすること。
- 透明性(Transparency): 算定方法、データソース、前提条件などを明確に開示すること。
- 正確性(Accuracy): 系統的誤差や意図的な誤りを最小限に抑え、排出量を正確に算定すること。
GHGプロトコルは、スコープ1(直接排出)、スコープ2(間接排出:電力など)、スコープ3(その他の間接排出)という排出量の分類を定義しており、企業の排出活動全体を把握するためのフレームワークを提供しています。
SBTi(Science Based Targets initiative)における要件
SBTiは、企業がパリ協定の目標達成に整合した科学的根拠に基づいた排出削減目標を設定・認証するイニシアチブです。SBTiに参加し、目標設定を行う際には、排出量インベントリの提出が必須となります。特に中小企業向けの基準においても、排出量インベントリに関して重要な規制が存在します。

- 算定範囲: スコープ1とロケーション基準のスコープ2の排出量を必ず含める必要があります。
- 開示データ:すべての温室効果ガス排出量を公表(CO2、CH4、N2O、HFCs、PFCs、SF6、NF3)
- 除外範囲の制限: インベントリ(排出量算定)と目標のバウンダリについて、スコープ1とスコープ2の合算値の5%を上限として、排出量を除外することができます。これは、重要性の低い排出源を除外することを認めるそ一方で、大部分の排出量を目標設定の対象とすることで、実質的な排出削減を促すための規制です。除外する排出源とその理由については、透明性をもって開示する必要があります。
- 最新データの使用: SBTiに目標を提出する際に使用する最新のインベントリデータは、原則として提出する年の2年前以降のものである必要があります。ただし、状況によってはより古いデータが認められる場合もあります。
- 目標の再計算: スコープ3排出量がスコープ1、2、3の合計排出量の40%以上となった場合や、インベントリや目標のバウンダリからの除外項目の排出量が大きく変化した場合など、一定の条件を満たす場合には目標の再計算が求められます。
SBTiの要件は、企業が野心的かつ信頼性の高い排出削減目標を設定し、その進捗を透明に管理するためのものです。特に、除外範囲の制限は、目標設定の網羅性を確保し、抜け穴を最小限に抑える重要な規制と言えるでしょう。
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まとめ
正確なデータに基づいた取り組みは、投資家や消費者からの評価を高め、企業の長期的な成長を支える力となるでしょう。私たち一人ひとりの行動が、地球の未来を左右することを忘れずに、共に持続可能な社会を目指しましょう。正確なデータに基づいた取り組みは、企業の長期的な成長を支え、投資家や消費者からの評価を高めることにつながります。この機会に、自社の排出量インベントリを見直し、透明性の高い情報開示を一歩前進させましょう。一人ひとりの行動が地球の未来を左右することを忘れずに、持続可能な社会に向けて共に取り組みましょう。
SBT(Science Based Targets)とは?
SBTとは、Science Based Targetsの略で、科学的根拠に基づいた温室効果ガス排出削減目標のことです。パリ協定で合意された「世界の平均気温上昇を産業革命前比で2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という目標を達成するために、企業が設定する排出削減目標を指します。Science Based Targets initiative(SBTi)が認定する、科学的根拠に基づいた温室効果ガス排出削減目標のことです。SBTiは、CDP、国連グローバル・コンパクト、世界資源研究所(WRI)、世界自然保護基金(WWF)の4団体によって設立された国際的なイニシアチブです。
SBTが重要視されている理由は、企業の脱炭素化への取り組みを客観的に評価できる指標となるからです。SBTを取得することで、企業は以下のようなメリットを得られます。
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環境意識の高まりとともに、消費者は企業の環境への取り組みを重視するようになっています。SBT導入は、企業の持続可能性に対するコミットメントを示すことで、消費者の共感を呼び、ブランドイメージ向上に繋がります。 - 投資家からの評価向上
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